未来は時折、後輩に告白される。
ただし大体が女の子らしい。(俺にはわからん)
そして今、その場面に遭遇してしまった。(ありえん…)
かわいい女子の声は一生懸命に未来への想いを紡いでいる。
自分ですらそんなかわいい子に告白されたことがないのに、羨ましい話だ。





「先輩の、やさしくて、強いところが…」





こんなことを盗み聞きするのはあまりよくない。(あまりというより、かなり)
そう思いながらも未来が何と答えるのかが聞きたかった。
きっと未来は「ノー」と言うだろう。




「私は強くないわ」




未来の声が聞こえて、ぐっと目を閉じた。
身を硬くして、壁に溶け込むように潜む。周りの空気も同様に静まりこむと、自分の胸が早鐘を打っているのに気づいた。
まるで自分が返事を待っているみたいだ。
未来の言葉を否定する後輩の声。俺だってきっと、そうするだろう。必死に。
(ああ、あの子は俺なのか)







「私が強かったら、あなたはたくましいわ」







未来の台詞に思わず吹いた。あいつはそういうことを言うやつだ。
未来は人一倍、言動がおかしい。
言葉遊びが大好きで、でもその遊びは的確に核心をついている。


(君じゃ無理だよ)声を出さずに笑うと、日陰に静かな風が吹いた。





「先輩。あたしは!」

「憧れと恋を一緒にしちゃいけないわ」




ごめんなさい、という未来の声が少しだけ寂しそうだった。(俺だってそんな声を出させたことが無いのに)


女の子の声が聞こえなくなったかと思うと、俺の目の前を通り過ぎていった。
その子は俺の存在に気づくと、はっとして睨みつけてきた。
八つ当たりだ。そう思う反面、ざまあみろと笑う自分がいた。
未来の上面しか見えていない奴にあいつをやるわけにはいかない。

(君じゃ無理、諦めてよ)

涼しい風が心地よく吹いた。






「やっぱりいたわね。変態、ストーカー」






彼女特有の辛らつな言葉が真横から突き刺さった。




「未来さんのファンですから」




そうやってからかうと次は物理的な痛みを与えられた。




「いって…足癖悪いっすね」




ごめんなさいね、とふんぞり返る未来をよそにさっきの女の子のことを思い出す。
どうしてあの子は未来を選んだのだろう。
強いだけなら未来じゃなくてもいいはずだ。
さっきまで未来が告白されていた、自分の特等席に向かうと未来もひょこひょことその後ろについてきた。(…これのどこが)
未来は確かに強い人間だ。でも仕草は人一倍、かわいらしい小動物。
彼女は一体未来のどこを見ていたのだろう。
(もしかして)





「あの子は部活かなんかで一緒なの?」

「私、帰宅部よ。そういう意味では一緒かもしれないわね」





未来が茶化して、笑う。
全くの他人が未来に好意を抱く。そういうことがあっても可笑しくは無いが、相手は同性だ。一体どういうつもりなのだろう。





「なあ…お前は同性愛者なのか?」





言い終わる前に蹴られた。(なかなか痛い)






「違うわ」

「じゃああの子はそうなのか?」

「おそらく、違う」





未来の言葉に首をかしげる。
あんたがやってもかわいくない、と蔑まれた。






「単純に憧れを恋と勘違いしただけよ。断言するのは失礼かもしれないけど、たぶん。憧れと恋なんて紙一重なんだけどね」






未来が目を瞑った。どうやら疲れたらしい。
涼風は止んで、また蒸し暑さが戻ってくる。
うっすらと首元に汗がにじんだ。







「恋は自己愛よ。自己満足にも似てる。私はそんなものにはなりたくない」







未来がやけに饒舌なのは、たぶんそれなりに気にしているのだろう。走り去ったあの少女のことを。
俺を睨んでいったあの子のことを。
あの時の目には涙が滲んでいた気がする。(そう思いたいだけかもしれないが)
おそらく彼女は勘違いしたのだろう。
俺が未来の何かであると。(そんなわけが)

















でも、心の隅でいい気味だと笑っている自分がいた。















もしも未来が言うように、恋が自己愛、自己満足であるのだとしたら、俺もまた自己満足なのだろうか。





小さな痛みが滲んで、じっくりと大きくなっていく。





こんなにも悲しい気持ちになるなんて思いもしなかった。
目を瞑る彼女はそんな俺になど気がつくわけもなく、たまに吹く風に柔らかそうな髪を靡かせていた。