「何してんの自殺願望者」

「…質問として間違ってると思うよ」




今にもフェンスに上ろうとしている俺に誰かが声をかけてきた。一般的な反応とすると少々間違っているだろう。腕を組んで、慌てることも止めることもせず、ただ傍観しているだけ。なんと肝の座ったやつなんだ。(顔を拝んでやりたい…) フェンスに上るのをやめて、振り返るとそこには同い年くらいの少女がいた。少し小柄で、でも飄々とした表情は俺より大人っぽかった。



「あ、やめた」

「見たいの?」

「うん」




つくづく変わったやつだ。だけど不思議と腹は立たない。
綺麗に切り揃えられた彼女の前髪がたおやかに揺れた。





「死にたいの?」

「…いいや」

「じゃあなんで死のうとしてるの?」

「君、カウンセリングでもしてくれんの?」

「しないわ。ただの興味よ」




風でフェンスがかしゃんと鳴る。










「何のために生きているのか、わかんなくなった」










ひときわ激しい風が吹いて、彼女のやわらかそうな長い髪を暴れさせた。彼女はその勢いで攫われていきそうだ。(俺も、攫ってくれ)



















何のために生きているのかは本当にわからなくなっていた。それを思い始めたの授業中で、まったくもって意味の成さない数学の時間に己の意味について考え始めたのが原因だ。何故そんなことを考え始めたかは覚えていない。ただそこからずるずると奈落の底に落ちていくように思考の渦に巻き込まれていった。











「答えはみつかった?」

「見つからなかったからここに来た」




淡白な言葉の中には意味を捜し求める俺が縋り付くようにしがみついていた。女の子は風にさらわれる髪を押さえつけながら、懸命に俺を見据えていた。その目の中に俺は確かにいて、その目に捕われるような感覚がした。


まだ自分は意味を捜し求めている。
















「見つけて、ほしかったの?」


彼女の言葉に眉を顰めた。






「死にたいなら死ねばいいけど」


彼女の言葉は辛らつで、












「見つけてほしいなら叫びなよ」



それでもそこには続く言葉があって、その言葉は答えを見つける方法をひっそりと教えているようだった。




















スクリーンのような青空を見上げて、ふと思い出す。
あの後、自分がなんと言ったかは覚えていない。ただその後、俺はフェンスを乗り越えることはしなかった。だから今こうして空を見上げている。






「またこんなところに」





あの日を境に俺は意味を求めなくなった。
代わりの新しい友人ができた。





「未来…」

「次体育だけど」





彼女は相変わらず小柄で、やわらかそうな髪を風に揺らしていた。




「そっか。……うん、そっか」

「…サボる気でしょ」

「ははは」




初めは彼女の不可思議な言動に少々困りもしたが、慣れてしまえば何てこともない。今では逆に俺の方が彼女を困らせる天才だ。










「ま、いいわ」



とすんと隣に未来が座る。一瞬どうしたのかと思って、壁に凭れさせていた体を起き上がらせた。未来の顔を覗き込むと、彼女は目を閉じて、穏やかなため息をついていた。ぷっくりと膨らんだ彼女のまぶた。自然と目がいく。











「未来?」

「保健室…行くって言ってきたの」



未来がぱっと目を開けた。彼女の目と俺の目がかち合って、唐突に恥ずかしくなる。ふっと顔を背けると、今度は未来が俺の顔を覗き込んできた。







「一緒にサボりましょ」


にっこりと微笑んだ未来の表情はあの時より少しだけやわらかくなっていた。