紺馬は“恋愛”という生き物を嫌っていた。それは紺馬が言っていたことである。
しかし、紺馬は“恋愛”と名のつくものに対しては一切嫌悪感を見せなかった。
目の前で少女漫画を読む紺馬は目を潤わせ、今にも泣きそうな勢いだった。
「紺馬さん、俺、なんのためにいるんすか」
「うっさい。今いいとこなのよ」
図書館の隅のスペースに設けられた漫画コーナーに俺と紺馬はいた。
紺馬は長い手足を極限まで縮ませて、壁際に備えられたソファーに妙な体勢で座っていた。
もはや座るという表現は的確ではないと思える体勢だ。
生瀬から逃れるための手段として俺を使ったはいいが、
特にこれといって用事がなかった紺馬は教室にいることを躊躇った。
教室にいれば、確実に生瀬から声をかけられると怖れたのだ。
何をそこまで怖がる必要があるのだろうか。自分には謎だった。
ずっと謎というのも癪に障る。
目の前で楽しそうに、哀しそうに漫画を読み耽る紺馬に若干の苛立ちを覚えた。
「なあ、紺馬」
手に取った手塚治虫の漫画を読むわけでもなく、ぺらぺらとめくっていく。
この人の描く人物はなんとふっくらとしていることだろう。
紺馬は本から一切顔をあげず、生返事を返してきた。
「少女漫画は好きなのか?」
一拍呼吸をおいて、たずねる。この手の質問は下手をすると命が危ない。
紺馬は他の奴らには猫被るが、俺には容赦がなかった。
鉄拳が飛んでこないように、紺馬との間に距離を少しだけとった。
(でもこの距離でもおそらく簡単に殴られてしまうだろう)
「うん、好きよ」
紺馬は簡単に答えた。俺の心臓の拍数も知らずに、だ。
(なんか、むかつくな)
しかしその後に紺馬は付け足した。
「所詮、作り物だもの」
その言葉に空しさを覚えない人はたぶんいないだろう。
きっと生瀬なんかは驚愕の表情を見せ、紺馬の人格を疑うことだろう。
(あいつは純粋な男である、うん)
「作り物はいいんすかー」
調子に乗って、質問を続ける。
紺馬は嫌な顔一つしなかった。同様にずっと漫画にしか視線を向けていなかった。
「だって絶対ハッピーエンドじゃない」
読み終わったらしい。
紺馬は長い手足を元のサイズに戻し、気持ちよさそうに伸びをしてから、背の低い漫画コーナーの本棚へと向かっていった。先ほどまで読んでいた漫画を元の位置に戻すと、手には何も持たずに俺の隣へと戻ってきた。
「漫画は結婚するまで一緒よ。結婚するまでに別れるなんてこともないの。挙句、子どもが生まれてめでたしめでたし」
紺馬は楽しそうにけらけらと笑った。
一瞬だが、紺馬の性格を疑った。(こいつは、本当に女子高生か)
「女の子の夢だものね」
「お前は女の子じゃないのか」
蹴られた。そして殴られた。(何故…)
紺馬が立ち上がると同時に昼休み終了のチャイムが鳴る。生憎、図書館の中なのでチャイムの音は控えめだ。
紺馬が動き出すぐらいに俺は立ち上がった。
そして、楽しそうに手を振るいながら教室へ戻ろうとする紺馬の後ろに続いた。
紺馬の肩までの短い髪が綺麗に揺れている。
「私は恋人なんていう、薄ら寒い関係、いらないのよ」
いつぞや聞いたことのある紺馬の格言だ。
この言葉を初めて聞いた時は驚いた。そしてかわいそうな奴だとも思った。
俺はやっぱりこいつのことを理解してやれないのだろうか。
何となく、そんな気分にさせられる言葉だった。
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