白い白い、真白い雪みたいな
冷たい冷たい、冷たい雪みたいに



この夢を見る時は大体よくないことが起こった。


例えば、テスト勉強の範囲を間違えるとか、自転車の鍵を落とすとか、買おうと思っていた本がどこにも売って無かったりとか、いろいろ。とにかくよくないことしか起こらない。夢自体もあまりいいものとは言えなかった。昔の夢。思い出したくないし、思い出しちゃうとどうしようもない罪悪感にかられる。

 
(ああ、最悪だ)


だから本日の気分は絶好調に悪かった。朝ご飯も全然食べる事ができなくて(夏バテかな?)、靴下に穴が開いていたりして、出だしが悪くて、最悪だった。学校に着くと教室に誰もいなくて、もしかして今日休み?とか思ってしまった。ああ、でもあの夢を見れば、そういうことも起こり得るかも知れない。5分くらいして何人か生徒がやってきたけれど、予鈴までほとんどやってこなかった。(延着らしい)

 

 


そして、本日最大の最悪な出来事がやってきた。

 

 


「…今日、御前くんお休み…?」

 

ふと疑問を口にしてみたが、いつもなら答えてくれるお隣さんがいない。御前くんがいない。(いたら笑ってくれた、かな…)そこからはドツボにはまってしまった。


どうして来ていないのだろう?風邪?それとも延着か何か?あ、だったら他の子も来てないよね。事故とか?あ、それは起きて欲しくないな。風邪かな?あれ、でも夏風邪?いやいや、賢い御前くんが夏風邪なんてひくわけないじゃないの私のバカバカバカバカバカ……。

 
挙句の果てには自虐に走ったが、結局御前くんは昼休みになっても来なかった。(折角、この前借りた本を返そうと思ったのに…)たびたび茉奈ちゃんがやってきて、御前くんの席に座ったけれど、私は何だか凄く虚しくなって、茉奈ちゃんの話に身が入らなかった。それよりも茉奈ちゃんが座っている御前くんの席がとても、気になる。そうするとまたぐるぐると休んでいる理由を考えてしまうのだ。

 


昼休みが終わっても、御前くんは来なくて、私は教室のドアが開く度に期待してしまった。でも入ってきたのはさっきまで保健室に行っていたクラスメイトで、私はがっくりと机に突っ伏した。

 


不意に隣を向くと、キラキラと輝いて見える席。御前くん、の、席。
本当なら一番眠たくなる古典の時間、私は御前くんとのおしゃべりでどうにか気を失わずにいられるというのに、今日はそうもいかなさそうだ。(でも、もし、寝てる時に御前くんが来た、ら…)そう思うと私はどれほど眠たくても、寝れなかった。


朦朧とする意識の中でノートの片隅に落書きをする。ただ私の頭の中は御前くんが来ないことばかりで、いつものように逆光仮面さんを描きながら、頭では今にも教室に乗り込んでくる御前くんを想像していた。(御前くん、来ない…さびしいなぁ)思った事をそのままノートの片隅に書いてみる。書くとより一層寂しくなった。でも何故こんなにも寂しいのかはよくわからなかった。

 

 
結局、御前くんは学校へは来なかった。七時間目の終わるチャイムを聞きながら、私は御前くんから借りた本を眺めた。綺麗な表紙を指でなぞる。この儚さは御前くんのイメージにぴったりだと思う。クールで、無口で、たまに笑って優しい顔を見せる。(ああ、やっぱり今日は良くないことしか起こらないな…)終礼が早く終わればいいと思った。同時に今日この日が早く終わればいいと思った。御前くんがいない学校なんて、あんまり意味がない。私は馬鹿げた事を思ったけれど、でもそんなに馬鹿だとは思わなかった。

 

 
シンくんは部活動へ行ってしまった。茉奈ちゃんはクラスの子と約束があるらしい。だから今日は一人。学校に残る必要も無いし(御前くんがいないわけだし)、シンくんを待つ必要も、茉奈ちゃんを待つ必要もない。何度も言うようだけれど、やっぱり今日はいい日じゃない。(気分転換に違う道で帰ろう!)このまま暗いまま帰っても仕方が無い。明日はきっといい日になるようにと願って、今日は少し遠回りしよう。そういえば、途中にある公園に黒猫とシマ猫がいたはずだ。(そうだ、猫さんと遊ぼう!)

 

落ちていた気分が高揚した。明日になれば、きっと御前くんは来る。(来なかったら残念だけど、お見舞いしに行こう!)

 


御前くんが来たら、御前くんがいなかった時の寂しさについて話そう。
(きっと御前くんは笑ってくれるはず!)


それからシンくんと茉奈ちゃんとで一緒にお昼食べよう。
(明日になればシンくんと御前くんの漫才も見れる!)


今日のことはすっかり忘れて、また楽しい明日がやって来る。あの夢も、きっと、忘れられるはずだ。


公園が見えてきた。猫さんはいるだろうか。


明日のことを考えると気分が落ち着かなくなる。こんなにも学校は楽しくて、こんなにも男の子と話すことが楽しいと感じたのはいつぶりだろうか。

 

 


「…よ………な!!」

 

 


瞬時、思考が止まった。今、公園から怒鳴り声が聞こえた気がする。不意に歩みも止まる。

 

 

 


「………!!」

 


 

やっぱりそうだ。公園から怒鳴り声が聞こえる。(何なのだろう?)先ほどまで考えていたことは吹っ飛んで、気になった私は足を進ませた。

 


「……!!」

 


怒鳴っている人はどうやら一人ではないようで、数人の人が怒鳴っている。
私は自分の中にひっそりと潜む野次馬根性で、思わず公園へ向かってしまった。面倒事には巻き込まれたくなかったが、あそこには猫さんもいる。(…..あ、夢…)今日見た夢のことを思い出す。

 

 

 


白い白い、真白い雪みたいな 冷たい冷たい、冷たい雪みたいに

 

 

 


固まったあの兎。私の大好きだった真白い、兎。

 

 

 


怒鳴り声とは直接関係はなかったけれど、何か繋がっているように思えた。
進む足は止まる事無く、公園の入り口へとやってきてしまった。そこでぴたりと止まれば、先ほどまで上手く聞こえていなかった怒鳴り声がはっきりと聞こえた。

 

一人の青年を囲むように、4、5人の身体つきのいい、それでいて柄の悪そうな人たちがいた。中央にいる青年は怒鳴り声にびくりともせずにいたが、明らかにあの人数は不利だ。

 

 

 

青年のワイシャツが夏の日差しの中、眩しく光る。

 


 

 

白い

 

 


悪者(多分)たちが距離を詰めて、青年の耳元で叫んでいる。

 

 


真白い

 

 


それでも青年はびくりともしない。距離を詰められても、逃げる事もせず、ただ佇んでいる。

 

 


雪みたいな

 

 


その態度が気に食わなかったのか、行き成りリーダーらしき人物が青年の胸倉を掴む。私は思わず悲鳴をあげそうになる口を塞いだ。単純に怖い。だけれども何故か、目が離せない。(この、光景…)

 

 


冷たい


 

私は知っている。この光景を知っている。

 

 

 


冷たい

 

 

 


青年のワイシャツがより一層、白く光った。

 

 


雪みたいな

 

 

 

 


「…っちゃ…ん」

 

 

 


眼球が揺れ動く。体内でやめてくれと叫んでいる。その声はどんどん大きくなって、私の身体を突き動かす。
 

  
あの時、私に勇気はなかった。度胸なんて言葉、知らなかった。でも知らなかったで許されるはずもなくて、私はただ泣いたけれど、あまりにも卑怯な涙だと今では思う。助けたかった。白い、真白い、私の大好きだったあの白い兎。あの時にやめてと言えなかった私はあまりにも卑怯。そんな卑怯な私を励ましてくれた存在、逆光仮面さん。
 


 

 
一番好きなところは、危ない場面に飛び込んでいくってところ

 

 

 
 
私は、そんな勇気が、欲しかったんだ。あの時になかった、守るための勇気。

 

 

 
三國さんも誰かを守れるといいね
 

 

 


身体が動く。勇気をもらったから。真似とか、ミーハーとか、そんな言葉で括れるほど私の気持ちは単純じゃない。

 

 

 

あの光景を私は知っているから。

 

 

 
 
 
 

 

 

 
 
「みっちゃん!!!」
 

 

 

 

 
 
 
 

 

 
私の、大好きな真白い兎