逆光仮面さんが出現してから一週間経ち、その間に御前くんとよく喋るようになった。(これも逆光仮面さんのおかげだねっ!)もう、お友達の枠に入るほどに喋るようになった。御前くんは口数が少ないけれど、本の話となると饒舌になる。新しい発見だ。

 


「ねぇ三國さん、これ昨日言ってたやつなんだけど…読む?」

 

御前くんがリュックからハードカバーの本を取り出し、差し出してきた。それは昨日の数学の時に話していた本。(昨日の話、覚えてくれてたんだ…)

 

「うん!読みたい」

 

御前くんがうっすらと笑って(笑った気がしただけだけど)、はい、と渡してくれた。素直に受け取る私。授業中にこんなことをしていいのだろうか。(よくないよ!)どうせ現代文、されど現代文、先生からは一向に生徒を叱る気配がしなかった。

(…嬉しい)
人に物を借りる事が私はとても苦手だったけれど、無性に嬉しくなった。物を借りると気を使った。それは心休まる茉奈ちゃんやシンくんでもそうだ。逆に彼らに対しては特に気を使った気がする。本の端が折れないようにとか、カバーがちょっとでも破れてしまわないようにとか、そんな小さな、それでも相手にとって大きいかもしれない事を気にした。(本当は指紋だってつけたくない)今だってそう。乱暴に机の中に入れることが出来なくて、鞄の中の一番安全な場所にゆっくりと滑らせるように入れる。ちょっとでも端が引っかかろうものなら、慌てて、それでいて細心の注意を払って、綺麗に入れ直す。貸してもらう、という事には苦手意識を感じる。けれど、貸してもらう、という事に喜びを感じた。

 

 

「あ…三國さん。古典のノート貸してくれないかな?」

 

 

そして、貸す、という事にも特別な感情を抱いた。(単純に、嬉しい…)この前寝てたから、と困ったように言ったので、もちろんいいよと答えた。自分の手元にあったものが御前くんの手元にやっていく。ぱらぱらと捲られるノートに愛しささえ感じられた。(ああ、なんだろう?)御前くんが夏の日差しを受けて、僅かに発光しているように見える。ちょっと眩しい黒いメガネも、何気に綺麗な漆黒の髪も、「…三國さん」

 

 

「!!…どうしたの?」

 

 

御前くんにいきなり呼ばれて、思考の中を読まれたのではないかと思ってしまった。(びっくり、した…)彼はというとノートのあるページを開いて、何かを凝視している。

 

 

 

「これ…何?」

 

 

 

御前くんが指差した先、ノートの片隅で、直立不動な青年がニヒルな笑みを称えていた。これは一週間前に描いた妄想の塊、逆光仮面。(しまった…!!)私の目から見れば、これは逆光仮面だ。会った事はないので、もちろん妄想だけど。しかし、他人から見れば、特に御前くんから見れば、何かわからない。(むしろ…これって!!)描いた本人ですら、これは、御前君に、見えてしまう。慌てて御前くんの手からノートを奪い、消しゴムをかけた。

 

「こ、これはね!逆光仮面なの!!あ、想像図だけどねっ」

 

ノートがぐしゃっとなった。(力入れすぎだ私!)微かに隣から噛み殺すような笑い声が聞こえる。(笑われた…!)顔に全身の血液が集まってきたかのようだった。(…恥ずかしい)

 

「ホントに逆光仮面、好きなんだね」

 

こくりと頷くと微笑む彼。(…あれ?でも、今…)ほとんど消し終えて、御前くんの手にノートが戻った。御前くんはもったいないな、なんて言って、消された青年の痕跡を指でなぞった。

 

「どういうとこが、好き、なの?」

「うーん…逆光仮面は空想ヒーローで、単純に…憧れ、かな」

 

中学の時に突如現われた謎の英雄は至る所で噂になって、流行に疎い私にもその噂は流れ着いた。一番初めに食いついたのはもちろん『メガネ』。でもその内どんどん彼の強さだとか、かっこよさだとかを勝手に想像して、自分でも手のつけようが無いほどのめり込んでいった。

 

 

 

 

「一番好きなところは、危ない場面に飛び込んでいくってところ」

 

 

 

 

彼の噂のほとんどは誰かを助けたということばかり。私には出来なかったことを彼はやってのける。それはもちろん強さに自信があったからかもしれない。

 

 

 

それでもそういう勇気が私には眩しくて、羨ましくて、欲しいと願ってやまなかった。

 

 

 

 

「そういう勇気が、欲しかったのかなぁ…なんてね。あ、暴力は反対だけどね」

 

 

 

 

急に恥ずかしくなって、茶化してみると御前くんが優しげな微笑みを見せてくれていた。そっか、と相槌をうってくれる御前くんの声は優しく響いて、染み込んでいく。

 

 

 

「だったら…危ない事には首を突っ込んじゃいけないけれど…三國さんも誰かを守れるといいね。三國さんが出来る範囲で、誰かを守ってあげられれば、いいと思うな」

 

 

 

逆光仮面みたくはいかないけどね、と御前くんがまた微笑む。彼の言葉が私の中の、一番重要な部分に置かれた気がした。

 

チャイムが鳴る。生徒が起き上がって、立ち上がり、先生が去っていく。シンくんがやってきて、話が切り替わる。さっきとは打って変わって、楽しそうな(シンくんをからかう疎ましそうな顔だけど)御前くんがそこにいる。

 

 

ああ、なんて幸せなひとときなんだろう。