「ねえ、また出たんだって」

「…何が?」

「逆光仮面!!」

 

 

 

 

いつも通り7時50分に家を出て、8時5分くらいには学校に着いた。この時間帯はクラスメイトが4人か、5人くらいしかいなくて、仲良しのめぐちゃんはその中の1人で教室に入ると美術の課題から顔を上げて、おはよう、と笑ってくれる。そこからちょっとふざけ合ったりして、ぞくぞくと生徒がなだれ込んでくるので席に戻る。

朝の空は青よりも白に近い。

そんなことをふいに思いながら、ある席ごしに外を眺めた。少しこの席の人物は謎である。私はそれを最近、特に感じ始めた。彼自身が謎、というわけでは決してない。彼自体は何の卒の無い(って言ったら酷いかな?)、極普通の生徒で、どちらかというと真面目な優等生の枠に入ると思う。(自分のレベルが、低すぎて…わかんない)ただ、彼に対する自分が、よく、わからない。わからなくなってきた。

(きっと…憧れ、かな?)

そっと机の横にかけてある鞄を覗いた。そこには黒縁セルメガネをかけた青年が自分の腕を枕にうつ伏せで寝転ぶ姿が見える。青い文字で描かれたタイトル。私の愛読書。(きっと、そう。…こういうことだ)

 

 

 

 

「…おはよう、三國さん」

 

 

 

 

心臓が飛び出そうになった。(本当に飛び出たらどうしてくれるつもりだろう!?)見当違いの憤慨が私の思考をすごいスピードで走り抜けて、遠くへ行った。

「お、はよう!!」

ちょっと、わざとらしい挨拶だ。でも、仕方が無い事。御前くんにこの本を知られるなんて、(そんな恥ずかしいことあってたまるか!)
眠たげに挨拶を交わした御前くんはそのまま席に着くと机に突っ伏してしまった。(あ、ちょっと…残念)その姿に鞄の中で隠れている本を思い出した。(でもやっぱりこっちの方がかっ…なんでもないですなんでもないです、はいすみません!!)

 

遠くで誰かが騒いでる。きっと恋とやらのお話だろう。好きな子がどうした、とかそんな具合、私には無縁のお話かな。(あれ?でも、ちょっと待って)

 

 

 

 

神様はあんまり待ってくれない。

 

 

「ひよりっ!聞いて聞いて」

気づくと茉奈ちゃんがやってきていた。朝礼まであと15分くらいかな。茉奈ちゃんはどうやら興奮しているみたいで、私は茉奈ちゃんの口から発せられる言葉に聞く前から興奮を覚えた。一体何のお話?もしかしてシンくんと何かあった?それともまた別?

「どしたの?」

「出たんだって!!」

茉奈ちゃんの断片的な言葉に更に高まる興奮。期待はずれだったとしても何故だかどきどきした。(早く、次の言葉をっ)

「何が?」

「逆光仮面が!!」

 

 

 

 

………逆光仮面!!

 

 

説明しよう!
逆光仮面とは巷で有名な正義(?)のヒーローで、カツアゲ現場や不良の集会、悪質なナンパ現場に風のように現れてはあっさりと相手を倒し、風のように去っていくのだ!
名前の由来は「なんか、よく、わからなかったけど、メガネをかけていて、あ、でも、逆光でわからなかった、んです」といういくつもの証言からなったのだ!因みにネーミングセンスは抜群に、悪い!そして不良の間では「最強メガネ」でも通用するのだ!ほとんど悪口だ!

 

「まじでか!?」

 

流行に疎い私でも逆光仮面ともなれば話が違う。逆光仮面はメガネ男子好きの人間にとって幻の、伝説の、もうどっちでもいいけど、とにかく幻かつ伝説のヒーロー!恰好は普通の身形をしているらしいけれど(学生だとか、会社員だとかいろいろ情報はあるけれど)とにかく強くて、仮面ライダーとか、ゲキレンジャーとか、それに相当するくらいにすごいらしくて、(因みに私はゲキレンジャーのイエローに憧れてたり。オネストハート、オネストハートっていうネーミングが抜群に、いい!)

 

「なんかね、昨日○○公園に現われたらしいわよ。なんでもそこで凄い騒ぎがあったらしくて、喧嘩?だったのかしら。よくわからないけど、結構有名なワルたちだったらしくて一夜にして全滅!警察が来る頃にはすでに全員が地に伏していたとか、いないとか…」

 

ミーハーだって笑われても良いけれど、かっこいい!
もちろん逆光仮面にあったことなんて、ない。(会いたいけど、危ない場面には遭遇したくないし…)だから逆光仮面は噂話を聞くぐらいで、あとはもちろん私の脳内妄想だ。(きゃっはずかしい!!)実は逆光仮面はこうだったりとか、ああだったりとか、そういう人には言えないような恥ずかしい脳内妄想から繰り出された想像図は膨らむところまで膨らんで、私の中で擬似ヒーローとなってしまった。

 

「またかよ、茉奈」

 

シンくんだ。ということはあと5分くらいで予鈴かな。
シンくんは「おはよ、ひより」なんて爽やかに言って、御前くん、の前の席に座った。「はよ、クレハ」なんて声が聞こえて、ちょっとだけ期待をした。

 

聞き耳を立てようとする自分が恥ずかしくなった。

 

それから茉奈ちゃんの逆光仮面談議を聞かされて、茉奈ちゃんの話に集中しようと意識した私は逆に御前くんとシンくんの話が気になって、窓開いてるから聞こえないんだなんて思ったりして、結局何を話しているか、どっちもわからず仕舞いで朝礼が始まってしまった。

そこからまた1時間目前の休み時間に筆箱を持った茉奈ちゃんがやってきて、とりあえず逆光仮面談議に花を咲かせた。
途中でシンくんがやってきて、「おいおい彼氏である俺の立場はどうなんの?」「うっさいだまれ卓球オタク」なんて夫婦(?)漫才を見せてもらった。見せてもらうまでは、よかったわけだ。

 

 

「なぁクレハー、どう思うよ?これ」

 

 

ちょ、おまっ、何やらかしちゃってんだよおいいいいぃぃぃぃ。なんて私の叫びは御前くんの前で必死に押さえ込み、心の声にどうにか変換した。なんてこったい(久しぶりのタイトルコール!)、この卓球オタクが!!(酷い…こと言ってないもんね!!)

クレハくんは景色を眺めていた目をこちらに向けて、私はそれに少し心臓をちくりと刺されて、「…何、卓球オタクさん」って冗談を言って(冗談言うんだ…)、茉奈ちゃんに盛大に笑われていた。シンくん…可哀想なんて思ってやらない。(結構根に持つタイプだ!)シンくんは「クーレーハー!!」なんて怒って、その後しょんぼりしていた。(あ、ちょっと、かわいそ…かな?)

 

 

「…三國さん」

 

 

突然、御前くんに呼ばれた。びくりと内心驚きながら、何だろう、とわくわくした。

 

「三國さん…その、あれ、…逆光…?」

「逆光仮面?」

「そう、それ。…好きなの?」

「うーん、好きかな…。憧れ、かな」(殆ど私の脳内妄想でだけど!)

「ふーん…」

 

何故か、今、御前くんの「ふーん…」にどきりとした。(痛い…なんで?)
チャイムが鳴り、茉奈ちゃんが「また来る」と言って、慌てて教室を出て行った。シンくんはそれに手を振って、さてと、と言って立ち上がると席に戻った。金曜日1時間目は古典だ。最近、助動詞とやらの勉強をしている。(なんだかとっても、愛しいな。助動詞たちって)私の嗜好は変わっているらしい。(茉奈ちゃんに言われた。でもそんなとこが好きだとも言われた)

 

御前くんは今日は眠たいらしい。朝と同じように突っ伏していた。(…板書とか、いいのかな?)古典はノート点があるらしいから、しっかり書いておこう。あとあといろんな意味で役に立つかもしれない。

 

前方の生徒と先生がごね始めたので、とりあえず小休憩にノートの端っこあたりで絵を描いてみた。(才能なんて皆無!!)私の描くへなちょこ落書きは憧れの逆光仮面さまを(妄想して)描いていた。

(多分、こんな感じかな?)メガネはもちろん必須条件。私的にはワイシャツに黒ズボンで20ぐらいがいい。私は高校生説より、会社員説より、大学生orフリーター説が有力だと思っている。メガネはワイシャツによく似合うリムレスタイプ。ブロータイプでもいいと思う。普段は知的さを漂わせながら、実は強いんです、みたいな感じがいい。大人な魅力があればいい。あ、それなら会社員説も…いや、会社員説は受け付けられません。なんか、お父さんを思い起こしてしまうから、ね。

 

しかしながら私が描くへなちょこ落書きはどう考えても、どう見ても、御前くんにしか見えなくなってしまった。(私、馬鹿だ!!才能皆無だ!)自嘲してはみたが、自分ではなかなかの傑作だと思えたので消さないで放置した。(これくらいの落書きで点数は落ちない、多分)御前くんは未だに突っ伏したままで、多分このまま起きる気はないのだろう。前ではひと論争し終えたようで、また板書を始めた。だから私も落書きと妄想をやめた。

 

その後、御前くんと休み時間にたくさんお話する機会が出来た。
(シンくんのおかげ!ありがとう卓球オタク!)

 

 

御前くんに、少しずつ近づいていく。