最初は考えていた。

三日もすれば、全て忘れてしまえると。

あまりにも安易過ぎて、馬鹿馬鹿しすぎて、私はそんな馬鹿なことを信じていたのだけれど、盛大にそれは裏切られた。

理由はふたつ。

どんなに経っても彼は私の隣の席に座っているという事。


そして

 

 

感じる、視線。

 

 

(期待…してしまうよ)
こんなにも胸が詰まることなんて、どんな料理を咽喉に詰まらせても起きやしない。視線が、こっちに向いている。髪の間に納まっているメガネ、そこから覗く双眸はしっかりとこちらを捉えている。(私は、動くと、ダメ、なんだ)意識していると脂汗が流れた。(汗かいてるとこ、見られたく、ないのに!)今は、夏、だから、なんて自分に言い訳してもどうしようもないことなのだけれど、言い訳でもしないと彼に気づかれてしまう気がした。

 

一体、何を?

 

そう言えば、あれから丁度一週間な訳だ。もう少し時間が経てば、本当に丁度、ぴったり、一週間経つ。

 

御前くんが、私に、触れてから。

 

泣きそうになるなんてお門違いだけれど、泣きそうになる。先週は数学の問題がなかなか解けなくて泣きそうになったのだけれど、今週は隣の席の御前くんの所為。もう黒板に書かれた数式なんて、わからなくてもいい。

 

彼の真意さえわかれば、それで

 

チャイムが鳴る前の電子音が聞こえる。じじじじ、と教室に密やかに潜り込むと寝ている生徒も起き上がり始めた。ああ、もう、一週間。今日はノート提出、なし、なんだ。数学は苦手なのに数学係の私は面倒なノート集めがないことに少し肩を落とした。なんて、浅はかな数学係なんだろう。真面目に仕事をしろ、と叱ってくれ。


最後まで期待してみたものの、ダメガネ教師は何も言わない。チャイムが私に虚しさを伝える。

 

 

そして御前くんは立たない。ただ視線が、ふいに消えた、だけ。

 

 

一週間。何か起こるかと神経を張り詰めた毎日。気づくと何かにつけて彼を目で追いかける金曜日。土日は愛読書を抱きかかえ、(あ、表紙の人…ちょっと彼に似てる?)なんて思って時間を浪費した。(でも御前くんの方がかっ…なんでもないです、はい)あの時、神様にお祈りでもすればよかったのかな。そしてまた月曜日から彼を追いかける。


結局、茉奈ちゃんにも何も言えなくて、むしろ言いたくなくなってしまった。お手洗いから帰った後に御前くんに話し掛けるシンくんを見て、そう、思ってしまった。(世の中どこから漏れるか、わからないから)


知って欲しい。そう願わない事もない。ただ知られた後に、何が待っているのか。想像するだけで、胸が痛くなるのはわかっている。ただでさえ、今の状況に胸を痛めているのにこれ以上痛くなるなんて。(きっと…死んでしまう)


でも何を知って欲しいの?


(そんなの、私も知らないよ)
考えている内に7時間目は始まって、訳がわからないまま現代文の先生が視界の隅に入ってきて、頭を切り替えるために教科書の範囲じゃないところを適当に開いてみた。伊豆の踊り子。頭を空っぽにするには丁度いいかもしれない。黙々と読んでいると、これは恋のお話か、なんて理解して、理解してしまった事に後悔した。

 


視線、視線、あからさまな視線。

 


(嘘だ…)
嘘なんて思ってみても、それは私の行動ではないから虚実のつけようもない。ただ嘘だと強く願っている事だけは確かだ。


期待、期待、否定してまた期待。
ぐるぐる渦巻く感情ってこういうことなのだな、と理解して、こんなに苦しいならもういっそのこと殺してくださいと願いそうになる。(集中しよう!)先週も同じようなことを考えていたような気がする。あの時はまだなかなかに爽快な気分で彼の事を考えられていた。


ところで、本当に、彼は、私を見ているの?


もしこれが自意識過剰で、彼は私じゃなくて、クラスで一番美人な中園さんとか個人的に可愛い子だなって思っている桂さんとかを見ているとしたら?(ああ、なんだか…気持ち悪くなってきた)
だとしたら私は何も気にする必要なんてなくて、開放的な気分で現代文の授業を受けられる。でも今のままでは状況が変わらない。(確認しよう…!)

 


大丈夫、みくにひより!窓の外を見るふりをすればいいの。先週もそんな感じで御前くんと目があってしまったじゃない。その時、御前くんはすぐそらしたでしょ。だから今日も逸らす。逸らすというか、彼は私なんて眼中にないのよ。そうだよ。アウトオブ眼中!!(言ってて虚しいけれど!)

 


ぎこちなく上げる目線。本から糸を引いて離れるように視線を動かす。(今日の景色はどうかな〜)なんて聞こえない心の声を一人で演じて、貴方のことなんて見るつもりじゃないんだよとテレパシーを使おうとする。(親しくもないのに使えるわけないけど!)先生の声より外の生徒(体育かな?)の声がよく聞こえる気がした。

 


彼と目が合うまでは。

 


髪の間にいい具合で収まった黒縁のセルフレームメガネ。その下に隠れる瞳は普段よりよく見えた。教室の灯りを反射して、きらりと輝く眠たげな目。逸らされる事なく、私の手元を見ていたのか。ゆっくりと上がる視線とぶつかった。(どうして、逸らさ、ない…)


私を見ていたの?


先生の声も、外の生徒の声も、景色も、もう、どうでもいい。
揺れる事のない双眸が重そうな瞼を持ち上げて、しっかりと瞳を開く。

(こんなに、目…大きかったんだ