「俺が…逆光仮面だ」 (どうしよう…)憧れの逆光仮面に再会した。でも違った。再会じゃなかった。元々ずっと一緒にいた。私のお隣の席にずっといた。優しく声 をかけてくれた事があった。冷たく拒絶された事もあった。それでも仲良くしたいと思った。仲直りしようとしていたところだった。 逆光仮面は、御前くんだった。 「どうして…」 颯爽と現われた彼をちょっとだけ恨んだ。どうして来てしまったの、逆光仮面さん。ううん、御前くん。 「…なんで?」 声が震えているのはどうしてだろう。 嬉しい。嬉しくない。哀しい。哀しくない。泣きたい。泣けない。気持ちがごちゃごちゃになって、もう何も感じてないかのようだ。 「彼女、放してくれない?」 御前くんの低く唸るような声に呆然とする。(そんな声も出せるんだね)私の目の前にいる彼は私が知っている御前くんではなかった。そこにいるのは御前くんだけど、本当にそこにいるのは逆光仮面だった。(やっぱり…君、なんだ)泣きそうになる。憧れの人が目の前にいて、そしてその人に私は拒絶されて、でも今助けられようとしていて。(涙が、出そう…だ)どんな気持ちでいればいいのか、わからない。 「聞こえてんの?」 苛立ったような言葉と共に私を捕らえている男の右手をねじ上げた。 呆気にとられて、言葉を失って、気づくと解放されていた。弾き飛ばされるように手を離されて、尻餅をつく。御前くんが更に相手をねじ伏せて、地面に這い蹲らせた。私が放り投げられたように、ばっと相手を放り投げると私に手を差し伸べた。迷わずその手を掴むとぐっと引っ張られて、無理やり立ち上がらされる。そしてそのまま引っ張られるようにシンくんや茉奈ちゃんがいるところまで連れて行かれた。 「ごめんね、三國さん」 御前くんの声が聞こえた。でも御前くんの顔が見えない。 「あの時も…」 ようやく絞り出した声は震えていた。 「あの時も謝ってくれた……どうして?」 ずっと思っていた。あれは一体どうしてだったのだろう、と。あの時は私が悪かったはずだった。たとえ逆光仮面とわからなかったとはいえ、事態をめちゃくちゃにしてしまったはずだ。私があの時は謝りたかった。逆光仮面さんの足手まといになってしまったことを謝りたかった。なのに彼が謝った。謝って、私を逃がしてくれた。(悲しそうに、言ったね) 「君を、巻き込みたくなかった…」 御前くんの行動に怒りを覚えたのか、怒声が聞こえてくる。 相手を見据えて、御前くんが私の手をぱっと離した。(まだ、私のこと、嫌いなんだろうか)ぎゅっと掴まれていた手を胸元で握った。あの手が悪者を痛めつけて、あの手が私を優しく導いてくれた。本当にあの手は同じ手なのだろうか。(君の手はひとつでしょ?) 「三國さんは、幻滅したかな」 御前くんの声が掠れていた。息を吐き出すように、ひっそりと気づかれないように呟いたつもりかもしれないけれど、私にはちゃんと聞こえている。彼の言葉を逃す事なんてしたくない。普段、前髪とメガネで見えない眉が見えた。(泣いてるの?)その眉は哀しそうに下がって、微笑んでいるような目は悲しみを携えていた。(どうして…)私の手が震えているのは、怖いから。でも彼の目が、唇が、言葉が震えているのは何故なのか。(御前、くん)ふいに気が抜けて、同時に腰も抜けた。こちらを向く御前くんの顔。見えない。見えなかった。彼の表情も気持ちも全部、彼のメガネと前髪が全部隠してしまったから。(でも、どうして)にっこりと微笑んだ彼は悲しんでいる。見えなくても伝わってくる。(ねえ答えて)声が出なくて、ただ震えて御前くんのことを見上げるしか出来ない。 私には今まで全く関係のなかった場所で、彼はいつも戦っていた。(でも、何と戦っていたのかな) 「じゃ、黙らせてくるね」 精一杯の元気を見せた、虚栄を張った君の言葉が震えているのを知っているよ。(君が戦っているのは)本当はこんなことしたくないんだって、本当は叫んでるんだよね。(本当に君が戦っている相手は)どうして君が逆光仮面なんて呼ばれたのか、知らないけれど、騒ぎ立てていたのは私たちだった。(ごめんね、知らなかった)町のヒーローだって言って、勝手に憧れていた。(ごめんね)私にはない勇気を持っていると思っていた。(違う、違うね) 君は自分と戦っている。 君の中の、私の知らない君と戦っている。 なのに、ゆっくりとスローモーションのように行ってしまう君をどうして私は止められないのだろう。(行か、ないで、)スカートに大きなシミがついた。 あれが御前くん。今まで隠してきた御前くん。そして憧れていた逆光仮面。 単純に怖い。どうしてだろう。怖い怖い怖い怖い。人って殴られるとあんな音がするんだね、今までそんな風にして私達のことを守ってきたんだね。ああ、怖い。怖い怖い。怖いよ。 「…あれがクレハだ。お前が見てきたクレハだよ」 シンくんの声がして、ようやく気づいた。ぼたぼたと零れているもの、涙が零れている。動悸が激しくて、息がつきづらい。どうしてこう、私は、臆病なんだろう。 「…怖いか?……嫌いに、なったか?」 勢い良く首を横に振るう。そんなことで彼を嫌いになれない。どうしてだろう。嫌いになってしまえば楽とか、そんなことは絶対になくて、むしろ嫌いになってしまうと苦しいはずだ。そして今、苦しいのは嫌いだからじゃない。これは違う。(御前、くんが、)御前くんが盛大に頬を殴られた。「ぐぅ」とも「うっ」ともつかない声が、声ですらない息が、聞こえる。どうしよう。このままでは御前くんが、危ない。(だめだ、だめだだめだ……だめだ!) 彼にあの時と同じ影をみる。(……みっ、ちゃん) 「あ…あぶな…あぶない!」 抜けた腰がふいに立ち上がった。生まれたての小鹿のように震える脚。上手く力が入らない。(だめだ)それでも私は立ち上がっていた。(だめだよ!)頭で考えるより先に身体が動くってこういうことなんだ。気づくと走り出していて、もう何が何だかわからなくて、ただ御前くんを助けたい。気持ちが私になって、私が気持ちになって、もう誰も、私にも止められそうにない。茉奈ちゃんの声も、シンくんの声も、聞こえているけど聞こえていないみたいだ。全部、私の身体をすり抜けていってしまった。 御前君を、 「う…」 敵う筈が無いと最初から決め付けて、目を閉じて、結局自分が一番可愛くて、傷つくのが怖くて、 「うわぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」 それで良いわけが無い事を私は知っている。 何も見なかったことにして、それで嘆くなんてもうしたくない。 あの時、みっちゃんを救えなかった私が、御前くんを救えるなんて思ってない。それでも私の身体は到底敵いそうもない相手に向かって突進していった。 御前くんを、「クレハくん!!」を守らなくちゃ。(今、君を助けるから) |