姿見に映る自分はあまりにも情けなかった。
ぶらりと垂れ下がった腕の先で携帯が必死にしがみ付いている。落とすことはしないけれど、持ち上げる事すらしなかった。一気に気だるさが自身を襲った。シンとの電話は現実だったのだろうか。(俺の妄想かもね)そう思うとちょっとだけ気分が上がった。




それにしても自分の顔は情けない。一体何を考えているのだろう、俺は。




目を閉じると三國さんの顔が浮かんだ。
(俺三國さんのことしか考えらんないのか…)笑った顔とかちょっと困ったような顔とか、開け放した表情とか傷ついた瞬間の瞳だとか。それから怯えながらも勇敢に立ち向かった姿。あの時の事を正直に言うと、嬉しかった。
なんて無謀なことをする子なんだろうと呆れたのもあったけれど、それ以上に嬉しかった。今までそうやって加勢してくれた人間はただ一人としていなかったからだ。(…うん)大概が向こうの味方をして、俺はひとりで戦った。
戦う意味もないのに、戦っていた。




自分の力を誇示したいわけでもなかった。ただ単純に通行の邪魔だったり、向こうが絡んできただけとか、とにかく俺は被害者だった。なのにいつの間にか加害者になって、町のヒーローになって、不良らのラスボスになって、三國さんの憧れの人になっていた。
そう考えると自分が逆光仮面でいる必要なんて、どこにもない気がした。加害者になる気もないし、町のヒーローも面倒くさいし、不良らのラスボスとか意味わかんないし、三國さんの憧れの人はちょっといいかなと思うけれど、やっぱり彼女にはそう思ってほしくない。




はっきりしているのは俺は三國さんに憧れてほしいわけじゃないということ。




(じゃあどうしたい、俺)
彼女とは友達でいたい。彼女と笑いあえるなら友達でいたい。
シンと茉奈さんと三國さんと俺と、四人で仲良しでいたい。今まで俺になかった環境だ。そうやって仲良しな人が回りにいるっていうのはなかったことだ。これはシンのおかげで、三國さんを好きになったおかげだ。



なのに俺は三國さんを傷つけた。俺の変なプライドの所為で。俺の頑固な利己心の所為で。





彼女を初めて知った時、俺は三國さんの目しか見ていなかった。(見えなかったの方が正しいか…)


その時の目は真ん丸くて、綺麗で、ガラスみたいだった。瞬間、吸い込まれたのを今でも覚えている。(あれは、何だったんだろう…)





瞼を開けるとやっぱり目の前には俺がいた。情けなくて、背中の曲がった俺がいた。三國さんの背中は綺麗に伸びていた。なんとなく思い出す。しゃきっと伸びきっているのではなくて、とにかく綺麗だった。ゆったりとした余裕を持った背筋だった覚えがある。(まだ思い出せるな…)今ごろ彼女はどうしているのだろう。保健室に行っていると聞いたけれど、もう大丈夫なのだろうか。それとも早退とかしたのだろうか。風邪でもひいたのだろうか。(いやでも三國さんは可愛いおバカさんだから夏風邪なんて…)むしろひきそうか。ちょっとだけ可笑しくなる。彼女の行動のひとつひとつはいちいち可愛かった。小動物みたいな動きで、くるくると変わる表情。数学に苦戦した時の困った顔は可愛い。でも笑った顔が一番好きだ。ぱっと明るくなる表情。彼女がまるで光を放つかのような瞬間。でもそれはぎらぎらとした光ではなく、穏やかな光。優しく包み込むような、暖かい日差しのような光だった。



心地よく、身体がぞわりとした。(ああ…)



君の顔が見たい。君の笑顔が見たい。君の優しい微笑みが見たい。(見たいよ、三國さん)








俺はずるい。ずるくて、自分の事しか考えていない。





ぎしっとベッドのスプリングが軋んで、俺の身体を受け止めた。天井に向けて手を伸ばすと、重力を感じた。その重みさえもだるい。(俺、人間失格だな)









自分で見る自分の顔は情けなくて、一体皆は俺のどこを見て、何を思っているのだろう。(ああ、でも俺友達シンしかいないな)















自分の顔が情けなくて、神様から顔を隠すようにそのまま眠り込んだ。