寝不足と嘘をついて、寝させてもらった時、夢を見た。

 

御前くんが現れて、どうしてだろうと思ったけれど、御前くんは席に座っていて、私も隣で自分の席に着いていた。彼が微笑んで「どうしたの三國さん」といった。私は何が、と訊ね返す。メガネの奥で大きな目が私をずっと見ている。その眼差しはけして冷たくなんて無い。労わるような優しい眼差し。私の胸は早鐘を打つ。「あ、あの!」

 



突然、目の前に何かが落ちてきた。

 

驚いて、言おうとした言葉を飲み込んだ。御前くんには落ちてきたものが全く見えなかったようで、彼は一切視線を逸らさなかった。(ずっと、見られて、いるのか)彼の目を気にしながら、落ちてきたものを見た。それは見覚えのあるもので、今、目の前にいる人物から借りた本だった。私は目を見張る。確かこの本は家に置いてきた。それにこんなにも汚れてなんかいなかった。表紙が無惨にも破けていて、土でどろんどろんに汚れている。あの儚ささえも汚された気がした。それでも御前くんは私から視線を逸らさなかった。ただ御前くんの目から優しさは消えて、何も見ていない、光を宿さない、冷たい目に変わっていた。


 

目を覚まして、私は安心する反面、不安になった。本当に夢かどうか気になった。あの本は私のずるさから家でお留守番をしている。だから多分、夢は夢だろう。気づくと時刻は昼を過ぎていた。(寝すぎ、だ!)何故起こしてくれなかったのかと思ったけれど、先生の顔を見ると優しく笑いかけてくれた。(何もいえないじゃないか)

 

「大丈夫?」

 

保健医は少し老けた、感じの良いおばあさんで、白髪の混じった髪が銀色っぽく光っていた。微笑むと細い目が更に細くなって、目尻にかわいい皺が出る。大丈夫です、と言って制服を整える。夏服はすぐに皺が出て困る。
おばあさん先生はそう、と柔らかい返事をくれた。私はありがとうございましたと言って、保健室を後にしようとした。

 

「またおいで」

 

おばあちゃん先生のやさしい言葉に、少し元気をもらえた気がした。

 

教室に戻ると皆、昼食をとっていた。シンくんも茉奈ちゃんもいなくて、少し寂しい思いをしたけれど、心のどこかではよかったとも思った。御前くんもいなかった。どこかへ言ったからではなく、学校自体お休みしたみたいだ。それに関しても私は少しほっとした。

やることがなかったので久しぶりに図書館にでも行こうと思った。朝から一度も触っていない鞄を開く。いつも私は外ポケットに生徒手帳を入れていた。そしてそれに図書館のIDカードを挟み込んでいた。しかし、生徒手帳がない。(あれ?)本を借りられない以外、さして問題はなかったけれど、少し気になった。(家に、置いてきたかな?)


 

 

 

よくわからないけれど、諦めを感じる。


 

多分、御前くんと仲直りは出来ないだろう。今日、彼は休んだけれど、明日来たとしても私はあの席で怯える事しかできない。(と思うから)
彼の黒髪とメガネは以前の沈黙を守って、私を鎮圧する。彼は私と喋る前の彼に戻る事だろう。(私は、)

 


そう思うとまた悲しくなって、胸が痛い。

 

 

 

 

「三國さんも誰か守れるといいね」

 

 

 

 

でも御前くん、私は君との小さな友情を守れなかったよ。
(向こうが壊したのだけれど、)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして自分すらも守れなかったんだよ。