目が覚めるとすでに時刻は9時を過ぎていた。(遅刻…)それでも慌てないのは流石だと思う。自分のマイペースさは国宝級であるなどと馬鹿げたことを考えながら、布団とおさらばする。手探りでメガネを探すと無惨にもベッドサイドから落下していた。傷が無いか、確認してからかける。視界はとてもクリアになった。


(……休もう)


そして考え方もシンプルに変わる。今更、皆勤賞も精勤賞も狙っていない。それに休んだところで何も起こりはしないだろう。(影も薄いから、誰も気づかない)リビングへ下りる前に携帯を確認すると案の定シンからメールと着信があった。それを無視して、リビングへ向かう。自分はあることを危惧していた。

父も母もおらず、姉さえも不在の家は妙な静けさに包まれていた。でもこれは俺にとって標準形態であったのでさして気にすることは無かった。この静けさに時折、心休まる。冷蔵庫を開ける、乾いた音が耳にしっくりときた。

今日の1時間目は体育だったと思う。あの教師は気に食わないので休んでよかった。目覚まし程度にコーヒーを作る。


そう言えば、さっきのシンのメールは何だったのだろう。

片手にコーヒーを持って、部屋に戻る。最近変えたばかりの携帯はチカチカと、俺を手招きするように点滅していた。開くとそこには着信3件、メール10件(多っ…)と表示されていた。(朝から暇な奴め…)そう思いながら、メールを次々に開いていく。どうでもいい内容ばかりが続いていた。

 

『おはよー(^0^)/今日来るか??』


『やべー(T0T)俺チコクしそ』


『お前もしかしてチコクー?』


『またズル休みか!不良!!(笑)』


(暇人が…)

とりあえず全てのメールを開いて、適当に返信しよう。それでもう一度寝よう。そう決意して、次のメールを開いた。そして俺は固まる。


『ひより、朝から保健室だってマイハニーが言ってたぜ☆』

 

 

 

 

『クレハ、何で隠そうとするんだ??』

 

 



(余計なお世話だ)メールを見るのをやめて、ベッドに放り投げる。携帯は一度ベッドのスプリングによって跳ねると、地面に叩きつけられた。激しい音がしたが、壊れはしなかった。「…」投げつけたはいいものの続きはやはり気になる。未読メールはまだ4件ほど残っている。(うち2件はツタヤメールだったけど)

地面に打ち付けられた携帯を拾い上げた。

 


『お前が逆光サマだってわかってねーよ??』


ああそうだな。俺が視界遮ったからな。多分彼女は見えなかっただろうな。彼女には見られたくなかったからな。

 

 

 

『いっそバレた方が楽なんじゃねーの??ひよりだって憧れてるわけだしさ、お前も悩む必要なくなるじゃん』

 

 

奴なりの優しさなのだろうけれど、そうは思えなかった。バレた方が確かに楽だろうな。でも俺は俺を選んだ。だから彼女を傷つけた。もう戻れない。戻れないんだ。(彼女は、きっと、)

 

 

 


俺は夏目漱石の「こころ」の先生のように高尚な愛の理論家だ。あの本を読んだ時に俺は感銘を受けた。ああ、そうだって思った。だからこそ今、ここでその感激が祟っている。憧れは理解に程遠くて、所詮そのような関係にはなれないのだ。(別に、そういうことは、望んでいないけれど)

高望みはしない。彼女と一緒に笑っていたい。出来るならば、彼女の隣のあの席にずっといたい。彼女の隣で、彼女を眺めながら、数学の問題に苦戦する彼女を助けてあげたい。かわいい子って思っていたい。そしてこんなことを考えているのを知られたくない。知られてしまうと終わる気がした。彼女は逆光仮面に憧れていて、俺は彼女が好きだ。彼女の憧れにつけ込むような真似はしたくないのだ。(俺は、バカだ)

 



 


でも、まだ三國さんの輝くような笑顔は俺の頭の中で何度だって映し出せる。(バカめ…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 



それから、傷つけた時の、大きく、透き通る瞳も。