一人にさせてくれと頼むと見事に昼休み終了のチャイムが鳴った。シンは何も言わずに背を向けて、元来た道を戻っていった。俺はというと、シンに殴られた場所を少し手で押さえてみた。(案外、堪えるな…)殴られなれてはいるけれど(ついでに言うと殴り慣れてもいる)、ここまで堪えたのはなかった。いろんな意味でひりひり痛む頬を撫でながら、冷房で冷たくなった窓に寄りかかる。体温と外気で生暖かくなる窓に張り付いて、目を閉じた。

(ああ、どうしてだろう)

 

 


あの日、何故休んだのかは覚えていない。もとより学校なんてそんなに好きではなかったわけだし、行く必要もそんなにないと思っていた。でも行かなくては海外に出ずっぱりの両親にも迷惑がかかるだろうし、たまにやってくる姉貴に叱られる。ある程度のことをそれなりにこなしていたら、誰も文句は言わなかったので一応学校には行っていた。(でも途中から彼女を見つけてしまった)


あの日休んだのは多分、寝坊したからだ。そこから遅刻でも何でもすればいいのに何故か休んでしまった。(たるい…)いつものマイペースさが祟ったのだろう。だからやってしまったのだろう。(見つかってしまったのだろう)


初めは家で過ごした。買い溜めていた文庫本を片っ端から読み続けること数時間。すでに時計は3時を指していた。(起きたのは12時だった)それから何をするでもなく、ぼーっとしていたが、それにも飽きたので外に出ることにした。

 


その時、俺は呑気にも下校途中の三國さんと会えたら素敵だな、なんて考えていた。それで三國さんが驚いた顔をして、「御前くん」と呼んで、彼女は尋ねるだろう。今日はどうしたのか、と。(下心ばっかりで、ホント、まぬけだ…!)自分自身の単細胞っぷりに苦笑した。

 


夏の日の夕方はまだまだ明るくて、日差しはより一層強く暑い。それでも黙々と歩いてみた。彼女に会えるかもしれないという僅かな希望を胸に、公園に辿り着く。(ああ、ここ…)ここは一週間前に来た覚えがある。夜中にコンビニに行った際にここがもの凄く五月蝿くて、夏の夜を楽しもうとしていた俺は気分を害されてしまった。下品な笑い声とか、罵声とか、怒声とか、とにかくバカみたいな声ばかりが耳に入ってきて、折角の夜が台無しだったのだ。(俺は、かなり、短気だと思う)それにからまれたのだ。ダサイって言われた。むかついて
殴った。そしたら大乱闘になってしまった。(また…やってしまった)後は本当に後悔先立たずで、気づくと全員倒れていた覚えがある。

そして次の日に三國さんが俺の話をしていた。(複雑だったな…)それから三國さんが逆光仮面を、俺を憧れていると知った。(本当に複雑だな…)

 

 


まだ明るい公園は静かだった。特に遊具のないこの公園はあまり子供が遊びに来ない。精々ご老人か、下校デートを楽しむ恋人が立ち寄るくらいだろう。公園に足を踏み入れると、案の定誰もいなかった。あたりは妙にしんとしていて、少し不気味であり、優越感に浸った。深く深呼吸すると夏の蒸し暑さがべたべたと肺にはり付く。「おい、てめぇ」伸びをしている俺に不躾な声が降りかかった。


首だけ後ろに向けると、そこにはいかにも悪ですと言わんばかりの奴等がいて、またかと思った。「何でしょうか?」一応丁寧に答えてみる。もしかしたら見た目はこんなだけど、中身は違うかもしれない。(しかし人間見た目が大概だ)舐めるように上から下、下から上へと奴等は俺を見た。俺はその視線を鬱陶しいと思いながらも、軽く流して帰ろうと思っていた。「お前、最強メガネか?」その言葉を聞くまでは冷静でいようと本気で考えていた。(あー…殴っていいカナ)俺は本当に短気で、たまに自分のキレ易さにカルシウムが足りないのではと悩む。肯定も否定もしなかったら、あいつらは勝手に肯定だと思い込んだ。(最悪だ)そこから奴等は次々に怒鳴り始めた。(威勢のいいこと…)ある時シンにお前には若さが足りないと言われた事があった。もしかしてこの威勢の良さが若さなのだろうかと思うと、別に若さなんていらないな。呑気な事を考えている内に5人の不良に囲まれた。(またかよ…)どうやらこいつ等は以前、ここで俺が倒した連中の残党らしい。(それっぽい文句を誰かが言っていた)ああ、何だかどんどんイライラしてきたぞ。やっぱり俺はカルシウム不足だ。
帰って牛乳飲もう。それかニボシ。公園の隅っこの方で猫がちらっと見えた気がした。これはもう帰ったらニボシを食べるしかないと思っていた矢先、左隣の奴が突如吹っ飛んだ。(何…!?)突然の事で驚いてしまったけれど、誰かが体当たりしてきたらしい。そして瞬時にそれが誰かわかった。

 

 

 

 



三國さん、なんで、君、何、なにしてんの。

 

 

 

 



理解した頭は混乱する。確かに彼女に会いたいとは思ったけれど、こんな出会い方したいとは言っていないよ神様。どうしようもない俺の煩悩を神様は叶えたつもりなのだろう。でもどう考えてもこれは傍迷惑の何者でもない。他の連中も驚いているみたいだけれど、俺のほうが絶対驚き方が尋常じゃない。吹っ飛ばされた奴はむくりと起き上がって、怒鳴りながら三國さんのみつあみを引っ掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間に何かが勢いよく千切れた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

気づくとそいつを蹴り飛ばしていた。解放された三國さんはよたよたと地を這いつくばりながら、突進した際に散らばった荷物を取りに行こうとしていた。その間に俺は三國さんに手を出そうとする輩を片っ端から殴りつけて、地に伏せさせた。それから彼女の手を掴んで、目隠しをする。困惑する彼女。このままじゃ巻き込んでしまう。いや、すでに巻き込んでいる。

この子の後先考えずに突っ込んでくる姿には正直何してんだと思ったけれど、俺は俺自身を叱る。

 

彼女をどうにかして逃がそう。

 

困惑する彼女の耳元で囁く。「ありがとう」それから「ごめんね」。彼女は最初怯えていたけれど、大人しくなった。

「逆光仮面…さん?」


逃げる手立てを説明すると彼女はぽつりと呟いた。(ああ、ばれてしまったか)地に伏していたはずの野郎どもが起き上がり始める。彼女にぴったりと張り付いていたけれど、それももう終わりだ。彼女を助けなくては、いけない。三國さんは奇跡的に怪我がなかった。だから無理矢理立たせて背中を押す。「ごめんね」最後にもう一度そう呟いたのは、誰のためか。振り向こうとする彼女を叱って、襲い掛かってくる敵をなぎ倒す。やはりこの前の連中の仲間だけあって、手強い。(このまま、じゃ)

 

「おい、コジマ!今の、追いかけろ」

ヘッドらしき人間の声に俊敏に反応する。(コジマって誰だ)完全に何かがぶち切れた。コジマと思しき人物は俺に殴られてボロボロになった身体を引き摺りながらも公園の出入り口に向かった。(行かせるか)足を引っ掛けて倒す。それからそいつの倒れた背中を踏みつけて、三國さんを追いかけた。彼女は言葉どおりに一度も立ち止まらず、振り向かず、走っていた。その後ろ姿を追いかけながら、ポケットから携帯を取り出して電話をかける。奴らは追ってこなかった。

 

『おーうズル休みさん』


呑気な声が聞こえて、怒鳴ってやろうかと一瞬思った。(しかしそんな場合ではない)


「シン…悪いけど、用事、頼まれて」


走りながら携帯をかけるのは疲れる。おまけにさっきの奴らの反撃してきた痕が痛む。


『んだよ、何?ノートなら取って』


「三國さん、の家に向かって」


受話器の向こうから間抜けな声が聞こえた。理由を聞くので適当な説明をするとシンは慌てた。わかった、とだけ言ってシンが電話を切る。同時に足を止めた。彼女はもう遠くに行って見えない。(よかった、のか…)心身ともに疲れきった俺はその場でしゃがみ込む。殴られた痕が若干痛む。そしてこれからのことを思って、もっと心が痛む。(バレた…のかな)休んだ日に彼女に会えたことは嬉しかった。でも彼女をあんな危ない事に巻き込むなんて予想外だった。(彼女から飛び込んできたけれど)もし、これからも彼女をこんなことに巻き込んだとしたらと考えると尋常ではいられなくなる。彼女のトレードマークであるみつあみが引っ掴まれた瞬間を思い出す。悲痛そうな三國さんの表情を俺は二度と見たくない。見たくないんだ。

 

 

 

 


 


逆光仮面は無様に路上で座り込んで、最後に見た彼女の表情を思い出していた。