あの後、只管走った私は逆光仮面さんとの約束どおり、家に帰り着いた。

喜ばしい事に家には誰もいなかったから、泥だらけの私を心配する人はいない。(のど…から、から)早くお風呂に入りたかったけれど、私は玄関でへたり込んでしまった。背凭れにした扉が冷たくて気持ちいい。でも安心できなくて、走っている間に乾いてしまった涙がまた溢れた。(なきむしさんめっ!!)こんな中でお母さんが帰ってきたらどうしようと思ったけれど止まらなかった。とりあえず声だけはあげないように口を押さえる。でも、服の隙間から少しだけ声が漏れた。(ああ、私泣いてんだ)なんで泣いてるかなんてわからなくて、ただ無性に悲しくて、胸が苦しい。

 

「ごめんね」

 

あの優しい声が切ない。もしかして彼に会えた事が嬉しいのだろうか。(でもうれし泣きなんてものじゃ、ないや)

 

 

 

「ごめん、な、さい」

 

 

わからない。何故泣いているかなんて、わからない。(むしろわからなくて、いい)怖かった。単純に怖かった。でも、助けたかった。私は幼い頃の私を隠したくて、下心ばかりだけれど、自分のエゴだけれど、助けたかった。結局、私は助けるどころか、助けられる羽目になったのだけれど。右のみつあみが痛い。でろんと肩によりかかったままで一緒に泣いているみたいだ。可哀想だったので髪を解いた。じんわりと首に滲む汗がみつあみの型が残る髪を捉えて放さない。溜息をついて、天を仰ぐように全体重をドアに預けた。

 

 

 


その時、玄関のベルがなった。

 

 

 

静けさの中に無機質な音が響く。突然の来訪者に不信感を抱いた。(考え、すぎ?)

 


母なら、そのまま鍵を開けて入るだろう。

父は遅くまで帰ってこない。

私は一人っ子だ。

宅配便なら、お母さんが家に居る時に来るだろう。
(後で電話するのが好きではないらしいし)

お隣さんは昨日、旅行に出かけた。2、3日帰らないそうだ。


 

(じゃあ誰?)

 

ベルがまた鳴った。心臓が激しく打ち始める。私は怖くなって、3度めのベルで目を閉じた。(そんなこと、ない、ないってば!)その後も4度、5度となる。普通の人なら諦めて帰るはずなのに、ベルは6度鳴った。

多分、今玄関先にいる人は私が家にいると知っている人だ。しつこく鳴り続けるベルが追い立てる。

 

 

 

 

私は余計な事をしたのだろうか。

 

 

 


青年を助けたかった。でも青年は逆光仮面だった。私の憧れの人だった。強い彼なら、きっと一瞬で倒せたのだろう。私なんかが飛び入る必要は無かった。そして、こんな怖い思いをする事だってなかった。(助けて)逆光仮面さんを恨むつもりはない。今でも彼は私の憧れの人。私のことを助けてくれた。(助けて)ベルがしつこく、何度も鳴る。ただ怖くて、手元にあったあの本を抱き締めた。(怖いよ、み

 


「ひより!!」

 

ベルが止んだかと思うと、背中に衝撃があった。誰かが私の名前を呼びながら、ドアを叩いている。

 

「ひより!俺だよ、俺!!」

 

(お、オレオレ詐欺ですか!)呑気なことを考える余裕がひょっこりと顔を現す。私は慌ててドアを開けた。その時、もちろん涙は拭った。

 

 


「シン、くん…」

 

 

 


扉を開けるとそこには息を切らせた幼馴染、シンくんがいた。彼は部活帰りらしく、慌てて着替えたのか、ワイシャツがぐちゃぐちゃだった。

 

「どうしたの?」


「…お、お前が走ってるの見て、追っかけたんだよ」

 


「しんど…」と彼が息を整える。私は誰かを助けようとして、いろんな人に迷惑をかけている。(さ、最悪だ!!)私はとりあえずありがとうと言ったが、シンくんは怪訝そうな顔をした。

 


「…ひより」

 


シンくんが私を呼ぶ。そっと手が私の頬を触った。

 

 

 


「…お前、泣いてたのか?」


シンくんの表情が険しくて、悔しくなった。いつもは御前くんにいじられているくせに格好つけるな。私はそういいたかったけれど、言葉が出なくなっていた。オレンジに染まるシンくんの顔がぐにゃりと歪む。(どうして、)私は何かを期待していた。シンくんの手の温度を感じながら、私は考える。なんと自分は浅ましく、おこがましいのか。バカだ。私は言い様もなく、バカである。

 

 

 

手元にある本を再度、抱き締めた。

 

 

 

そんな私をシンくんが、抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シンくんは何も言わずに抱き締めて、私は何も言わずにただ泣いた