(集中するんだ私!)
そう思いながら強く握り締めたシャープペンシルがみしみしと不吉な音を立てている。ついでに黒板からもかつかつと嫌な音が鳴り響いている。なんてこったいわからない!え?何?シータって天空の城ラピュタの事??あれは泣けるよね、すごいよね、私シータみたいな強い子になりたいって思ったもん。愛する人を助けるんだ。愛する人…愛する人…みsギャー!!!(集中するんだ私!!)なんだか振り出しに戻った感じだ。(実際戻ってるけど)
とにかく今はシータを解読しなくてはいけない。苛立つほどの教師のメガネ。なんてこったいあのメガネ!ふざけんなぁ、舐めんなぁ、アンタにはもっと似合うメガネがあるさ!!
私め、三國和は生粋のメガネ男子好き。愛読書はもちろん『メガネ男子』!そして今気になっている男子はお隣の…
「ふぅ…」(解けた解けた上出来…かな?)
そう言えば今日は晴れていた。最近は雨ばかりで久々に顔を見た太陽は懐かしい。
黒板から視線を動かし、窓の外を見ようとする。なんてったって私の席は一番後ろの窓際から二番目特等席。クジを引いた時はなんという幸運に出会えたことかとメガネ男子(もちろん本だよ!)を胴上げしたぐらいに嬉しかった。
とにかくシータと仲良くなれてウキウキ気分な今はお空を眺めたい。と思っていたのに
黒い髪
黒い髪の下のメガネ
メガネ
(集中しすぎて忘れてた)
ミサキクレハくん。紅葉と書いて『くれは』と読むらしい。彼と視線が合ってしまった。(なんて、こっ、たい!!)
吸い込まれるように御前くんの瞳を見て固まっていると、ふい、と視線を逸らされた。(あ、あ、どう、しよう)
とりあえずこの心拍数を押さえるためにもう一度黒板と対面する事にした。
(私ってばシータになる前にパズーと仲良くなれてないんだ)
私が幸運にめぐり合えたと思えたのには景色が見れる以外に彼の存在もあった。
彼の事は席替えをするまで気づかなかった。彼が空気みたいで(酷い!)無口で無表情で仲のいい友達は1人2人くらいしかいないのも理由だけど、もともと私があんまり男の子を好きじゃなかったからにも理由がある。何というか、男の子は、怖い。小学校の頃、私が大事に育ててきたウサギのみっちゃんを男の子達がやんちゃして、死なせてしまったことがあるのだ。それ以来、男の子は、嫌い。(かといって女の子が好きなわけじゃないよ!断じて違うよ!!)
唯一喋れるのは茉奈ちゃん―私の大親友!―の彼氏、シンくんだけ。彼は私の小学生時代からの同級生で、みっちゃんが死んだ時に唯一怒ってくれた男の子。茉奈ちゃんにベタボレさん且つヘタレ(意味は知らないけど)らしい!
そんなシンくんは御前くんと仲良しで、私が係の仕事(数学係なんだ!)で身近にいたシンくんに手伝いを頼もうとした時
黒い髪の下のメガネ
を視界に捉えて、訳分からなくなってしまったのが彼を意識し始めたキッカケ。
その日の夜、愛読書『メガネ男子』を抱きしめて眠ったのだけ覚えている。
あ、授業終わった。
ぐるぐると考えをいろんな方向へ向かわせている内にチャイムがなってしまった。結局、私の解いた問題は不正解。シータと仲良くなれなかった。
(でも私は仲良くなりたいんじゃなくて、シータになりたいんだよ)
といまだに天空の城ラピュタネタを引っ張っていると隣の(言わずもがな!)御前くんが立ち上がった。(シンくんところに行っちゃうのかな?)
シンくんの席は御前くんと対角線上の、教室の前の扉近くにある。でも滅多に御前くんがシンくんのところに行く事はないのになぁ…なんて考えていると、考えていたから、気づかなかったのかも知れないけれど、
「…ねぇ」
御前くんがシンくんのところ、ではなくて、私の机の前にいて、
「…ねぇ、」
覗き込むように私を見て、呼び続けて、一瞬何がなんだかわからなくなってしまって、逃げ出そうかと立ち上がって、
「数学のノート、提出らしいんだけど…」
御前くんの言葉で我に返った。
やけに教室内の生徒たちの声がざわざわと耳鳴りのように響いた。
御前くんの右腕が低位置からゆっくりと上がってきて、その先に掴んであるシンプルな大学ノートが目の前に現われた。(御前くん、らしい、な)
呆けた顔を仕切り直すように微笑を見せて、未だにシャープペンシルを握り締めたままの指を解いて、手を伸ばそうとした。「ありが…」そうしようと、今まさにしていた。
御前くんの左手が、私の右手を掴んでいる。
周りの人たち皆が早送りに見えた。ここだけ、私と御前くんだけがスロウモーション。なんてこったい。きっとそれは私だけで、御前くんは何も考えていない、はず。(でも期待してしまうじゃないの)
はい、と彼は意図的に、右手に、ノートを握らせて、前髪とメガネで少し見えにくい目を少し細めてみせた。(今のってわらっ…)
「ひよりぃ!体操服貸してぇ!!」
茉奈ちゃんの声。それが聞こえる前に御前くんはぱっと手を離して、さっさと自分の席に着席していた。そして何食わぬ顔で窓の外を眺めている。私は未だ唖然としたまま突っ立っていて、「何、まぬけっつらしてんの?それより体操服貸して!」という茉奈ちゃんの声に上手く反応できなくて、ほんの数センチ後ろの荷物かけに行こうとするだけで躓いて(何につまづいたのわたし!?)壁にべちゃっと接吻してしまった。茉奈ちゃんの心配している声―の後ろにクスクスという笑い声がかすかに聞こえる。御前くんだ。御前くんが笑っている。
私がこけたの見ていたのかな。
無事に茉奈ちゃんに体操服を貸すと、アイラインの綺麗に入った目を細めて「ありがと!放課後返しにくるね」といい、教室を出る前にシンくんとニ、三言くらい話して(何の話かな?恋人のお話?)慌てて行ってしまった。
(本当は少し話したかったんだけど…)
次の授業の前にお手洗いに行こうとすると入れ違いでシンくんがこっちに向かってきて、「あ、あとで提出物集めるの手伝ってね」と用件を伝えるとにこっと笑ってくれた。シンくんは優しい人だ。
それに比べて御前くんは
御前くんが触れた右手を左手で掴んでみた。そこには虚しいような、それでいて何かが秘められているような不思議な感じがして、まるで御前くんを初めて認識した時のようにわけがわからなくなってしまいそうだ。
御前君はあまりにも残酷じゃないか。
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