偽ることは得意だった。
見た目が大人しいらしいので、笑っていれば大概の人は騙せた。
でも彼女は騙せなかった。
「佐野さんって」
学校帰りの彼女はいつもより幼く見えた。
彼女の無言の鎮圧はそのおかげで半減された。
でも彼女の言葉はいつものように強靭であった。
「どうしてそんな、嘘みたいな笑い方、するんですか」
その時の俺の顔は固まっていたと思う。
まるでお面のようにそこに表情といわれるものが貼り付いている。
彼女の真っ直ぐで純真な瞳は確かに俺を見ていた。
彼女は山内先輩のお気に入りだった。
俺は先輩を尊敬していたし、仲間であると思っていた分、恨めしいと思う事だってあった。
だからこそこの子に、真理子ちゃんに手を出した。
完璧なふりをしている先輩の面を潰してみたいと思っていた。
同族嫌悪に近いのかもしれない。
自分自身に初めて、従順になろうとしていたのだ。
しかしながら、予想外の出来事だ。
男馴れしていないと聞いていたので、簡単かと思っていた。
手強い少女だ。怖いもの知らずともいうべきかもしれない。
夕日に照らされた彼女の髪は綺麗に光る。
きゅっと固く閉じられた小さな唇も、大きな目も、スカートから覗くひざ小僧も、全て美しい。
美しく、強い。
「君が、先輩に気に入られるの、わかった」
山内先輩が気に入っている理由はとても簡単で、難しい。
そこにはやさしい答などなく、小さな言葉だけが紡がれている。
「気を使わなくてもいいですよ」
彼女にそう言われても苛つかない。逆にしっくりきた。
この少女が五歳も下とは思えなくて、むしろこの子は人なのだろうか。
もっと他の、人で括れない何かに思える。
「君は本当に、」
言おうとして、やめた。
山内先輩が現れたからだ。
先輩は静かに真理子ちゃんの背後に忍び寄ってきたのだ。
その時の目を俺は多分、忘れないだろう。
夕間暮れの中でギラギラと輝いて、威嚇していた。
彼女の小さな肩に先輩が手を置いた。
彼女がびっくりして振り返ると先輩の表情は優しい微笑みに変わっていた。
この人も気づいている。そしてこの人も偽っている。
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