人の犬が死にました」


山内さんとの時間は特別なものだった。

彼のお屋敷のような家に招き入れられて、彼の淹れた紅茶を飲む。

そして目的も何もない話をするのだ。

 

山内さんはそう、と言った。そこから始まるのはもっと特別な時間。

 

 

「残すことと残されることはどちらがつらいですか?」


何気ない私の言葉が導き出すのは答ではない。

ひとつの概念、そして思い込みだ。

 

山内さんは驚いたような顔をしたけれど、不敵に笑った。

 

「僕はまだ、誰も残していっていないよ」

 

山内さんの言うことは確かだった。その証拠に彼は私の目の前にいる。そして優雅に紅茶を啜っているのだ。

 

「君は、僕を残していくんだろう?」

 

山内さんの言葉に面食らった。彼の寂しそうな表情を見ながらも、私は何も言えずにいた。

いずれ人は人を置いていく。私は私であり、他人はそれぞれの個性を持つ。

その個性は何かと、誰かと結合する事は出来なくて、ただひとつで生きていく事を強いられる。

私もそうであるならば、彼もまたそうだろう。

紅茶はまだ温かい。私はそれを口に含んだ。ふんわりと香る。

目の前にいる彼が淹れたとは思えない。

 

山内さんは黙っていた。

私はその沈黙に身を沈めながら、先ほどの言葉をじんわりと染み込ませた。

 

私も誰かを置いていくとしたら、どうだろう。

 

 

仮定の話は胸を詰まらせるには十分だ。

 

 

 

「山内さんも、私を置いていくんですよね」

 

 

口を突いて出た言葉に「そうだね」と笑う。

あまりにも残酷なほほえみに私は陥れられた気がした。

このまま彼のペースに巻き込まれるのは気に食わなくて、私は黙り込む。

山内さんはそれ以上、突っ込んでは来なかった。

それすらも私にはわざとと思えて仕方が無い。

 

それでも私は静寂を呼んだ。

 

 

「僕は君を置いていくけれど、君は、僕を置いて、残るんだろう?」

 

山内さんはそう言って、私を指差した。

正確には私のいる場所を指したのだろう。

 

「結局どちらもつらくて、どちらも仕方がないんだよ」

 

山内さんの言葉に私はほっと息をついた。

 

彼は私と同じ人間だ。

妙な安堵感を覚えたのは何故だろう。

 

 

 

 

 

「僕たちは、人間だろう?」

 

 

 

 

 

彼の言葉を紅茶とともに飲み尽くした。



 

 

平凡を望み、平静でいられるか。  

そうしてまた、彼は私に、私は彼に、気づかせる。