「山内先輩にとって真理子ちゃんって何なんですか」
バカな後輩、佐野は不貞腐れたように言う。
俺は奴の前にコーヒーを置いて、座った。
「じゃあお前にとって」
「先輩のペースには流されませんよ」
佐野は扱い難くて困る。理論や理屈で動く俺にとって、奴は無邪気だ。
否、無邪気なふりをした邪気だらけの男だ。
半端に優しくて、想像力が豊かで、そのくせ頭の回転は遅い。
普段、真理子ちゃんに慣れている自分としては疲れるのだ。
こんな時に真理子ちゃんは本当に賢いのだと思う。
背筋を綺麗に伸ばして、力強い答を教えてくれる。
思考の片隅に彼女の姿が見えた。
「何考えてるんですか」
咎めるような佐野の声に我に返った。
目の前でそんなに歳の変わらない男が拗ねている。
真理子ちゃんなら拗ねたりしないだろう。
彼女は人に合わせるということを知っている子だ。
相手に考える時間をしっかり与えてくれる。
彼女の輝く長髪が瞼の裏でゆらゆら揺れた。
「先輩は彼女が好きなんですか」
「違う」
「俺は好きです。いくつ下であろうと彼女が好きです」
佐野は無駄に素直だ。しかも自分に正直と来たら、さすがにお手上げ。
しかし先ほどの言葉は聞き捨てならない。
真剣な眼差しがじっとこちらを見ている。気に喰わない。
ぎらぎらという音が聞こえてきそうなその眼差し。
気に喰わない。
「俺には彼女が先輩のこと好きなように見えます」
「それも違う」
それだけは知っていた。佐野が彼女を好きなことは知らなかったけれど、彼女が俺を好きになるはずが無い。
彼女は手に入らない。
どれほど手を伸ばそうとも、彼女は遥か遠くにいる。
手に、入らない。
「なら、別に構わないですよね」
佐野の言葉に反応してしまう。
端から諦めている俺には許せない言葉だ。
神様が許そうとも俺は許さない。
佐野如きに彼女を扱えるはずも無いのだから。
しかしそれは俺がそう信じたいだけなのかもしれない。
彼女のいない空間で、彼女を声を思い出した。
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