「君は準備をする。僕の知らない誰かのために」 いつも通り、微笑むのは難しかった。 「君と一個体であったなら、と考える事がある」 真理子ちゃんの目をまっすぐ見ることは出来なくなった。 僕はまた彼女を試す。向かい側に座る少女は一体、どんな表情をしているのだろう。 意志の強い眼差しで僕を見ているのだろうか。それとも見かけに寄らぬ、大人な仕草で別の何かを見ているのだろうか。 彼女を試している間、僕は顔を上げる事が出来ない。 僕は一体、君に何を求めているというのだろう。 布の擦れる音、彼女の長い髪が肩から落ちる音。感覚が麻痺する。 「私を試したところで山内さんの欲しい答えは出ませんよ。私を寂しくさせたいんですか?」 彼女の震えるような声に顔を上げた。でも彼女は声とは違う魅力的な微笑を浮かべている。何度、この微笑に助けられた事だろう。 「山内さんは私にそう言うけれど、山内さんだって私の知らない誰かのために準備しているのでしょう?」 僕は考えていなかった。人と自分が同じ事を考えている事を。 それは一個体でない限り、知ることの出来ない未知の世界だ。彼女の言葉は一つでも、そこから知るものは一つではない。 「それに例え一個体になったとしても、私と山内さんが同じ誰かのために準備している訳ではないと思います」 私を寂しくさせないで下さい、と彼女は付け加えた。 もしかしたら、僕自身が寂しかったのかもしれない。 それは自分でも把握しきれない感情だけど、でもこの霧のかかったような気持ちはきっとそうだ。 ただその上に別の気持ちが重なって、否定しようとする。 この霧はいつになったら消えるだろうか。 一日の初めが、朝が過ぎれば消えてくれるだろうか。 霧のかかったまま歩けば、崖にたどり着くかもしれない。もしかすると、出口にたどり着くかも知れない。 そうだとしたら僕はどうすればいいのだろうか。 「明確にならない言葉で答えに到達する事は出来る?」 自身の中だけで展開しきってしまった疑問は彼女を困らせるには充分だった。 彼女は手の中の紅茶に視線を落とす。カップを包み込む両手にはどんな温かみが広がっているのだろう。彼女の一つ一つの仕草が空間に溶け込んで、染み渡る。 溢れ出てくるのは気持ちか、言葉か。 「山内さんなら出来るかもしれません。それはとても不確定だけど、疑問には答えがあります。それに疑問をもてるのなら、きっと出来ます」 僕は常に君を試しているというのに、どうしてそんな風に笑って言えるのだろう。 「信じる者は救われるそうですよ」 きっと君はその言葉を信じているからだろう。 |
求める愚者は聖女を知る |